『価格』と『価値』の関係

身長はクラスで下から5番目だったのに、座高はトップ争いをしていた中塚です。

最近になって座高測定は「意味がない」ということで、身体測定から取っ払われたそうです。

#気付くのが遅い

#間接的に足の長さを算出する地獄の測定それが座高測定


今日は価格と価値は混同しない方がいいよねというテーマで寄稿します。


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『価格』と『価値』

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『価格』と『価値』は似て非なるもので、手段と目的の関係に近いかもしてません。

価値を測る目的のために手段としての価格があると...

#ナニイッテルノ

価格にばかり反応して、価値を見ない(見えてない)人も大勢いますが、考えてみればあらゆるシーンで、手段が目的化しているケースは方々で見かけるので、僕も含めてよく陥りがちな思考なのでしょう。


でもシンプルに、価値を数値化したものが価格だとも言い切れません。

例えば大衆車の普及の先駆的存在として有名なアメリカの自動車メーカーである「フォード」。

管理会計によって1台あたりの損益分岐点を割り出し、そこから逆算して価格が決められました。

#プロダクトアウト的価格設定

一方で、富士山の8合目で売られているカップ麺が平気で600円とかしますが、これは仕入れ値に加えて運ぶ人の人件費が乗っかっているからというわけではなく、シンプルに需要と供給のバランスです。

ドローンで運んだとしても価格は変わらないでしょう。

#マーケットイン的価格設定

そしてややこしいのが、価格というものは提供する企業の競争環境、或いはサプライチェーンの厚み、近年はグローバル環境によっても変動します。非常に複雑ですね。


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大切なのは「自分にとっての価値」

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株価などをみれば火を見るより明らかですが、価格というものは一個人がコントロールできるものではないし、そもそも予測することすらできないワケです。


例えば、宝石店に強盗が入り、5000万円相当の損害が出ましたと。

でもここで疑問に思うのは、そのお店は本当に5000万円損したのか?

ということ...

盗まれた宝石の原価(仕入れ値)が仮に2000万円だとしたら、キャッシュ上は2000万円しか損してないということですよね。残りの3000万円は付加価値(のっけた利益)なので。


つまり当たり前だけど、原価と売価ではなかなかの乖離があって、さらにマーケットでは『時価』が膨れ上がることすらあるワケです。もぅどれが本当の『価値』なの!あぁぁぁ!です。


そうです、僕らが本当に重視しなければならない、或いはコントロールしなければならないのは『価格』でも『原価』でも『時価』でもなく、「自分にとっての価値」です。


僕はモノやサービスを買うときに、いちいち「コレは今のオレに本当に必要か?」と一考します。

ずいぶんケチくさいやつみたいですが、その代わり必要とあらば大胆に使います。

その時のポイントとしては、「感情をあまり挟まない」こと。

感情でお金を使うとロクなことにならないのは十分経験済みだからです。

#なにがあった

そしてもう一つ大切なことは、自分にとって価値の高いものにお金を落とすんだけれども、それが巡り巡って自分の守りたい人達にも価値が伝播するモノにお金を使うということ。


『価格』と『価値』を明確に割り切る思考は、きっと人生のあらゆるシーンで役に立つはずです。